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おばあちゃん

  • 2016/03/26 23:18
  • Category: ひと
20160322_0285.jpg

私が生まれてから独立するまで、実家で同居していた祖母が亡くなりました。

この写真は「ちょっとあぶないかも」と連絡を受けて病院へ向かうときの空です。

あまりにいいお天気で、おばあちゃんたらこんないい天気なのに死なないでよ、とかぼんやり思いつつ
私と娘が着くまでは死なないんじゃないかと待っててくれるんじゃないかとなぜか過信していて

。。。間に合いませんでした。

病院に着いたときは手もまだ温かくて柔らかく、
もしかしたら呼吸しているんじゃないか生き返るんじゃないかと思って
ちょっと大きい声でおばあちゃん!と耳元で叫んでみたりして
ご臨終ですの瞬間のあとはまだしばらく聴覚は残っているって聞いたことがあったから
伝えたいことを片っ端から大声で


この日の朝、お彼岸だから保育園早くお迎えしてお墓参りしようね、
お彼岸て、ご先祖様がすごく近くに来てくれてるんだよ、
年末に死んじゃったおじちゃんもこっちの世界を覗きに来てるかもしれないよなんて
娘にホワイトボードに絵を描いて説明していて、、、
まさかまさかまさか。

おばあちゃんが苦しまないうちに息子であるおじちゃんがお迎えに来たのかな。

20110814_113.jpg

最期は「ろうそくの火が消えるように」息を引き取ったそうです。
苦しまずに。
よかった。

この10年は認知症との闘いの日々でした。

どんどん小さくなっていく脳みそで、
さっき食べたばかりの食事のことは忘れるけど
自分の実家のことは忘れられなくて
どんなに寒くても暑くても雨が降ろうが風が吹こうが
実家を探しに町内を徘徊していました。
徘徊するおばあちゃんを見つけて近所の人が連絡をくれたり連れて来てくれたり。
嫁である私の母が探しに出て見つけて帰ってくるパターンだったけど
時には警察のお世話になることもありました。
姪っ子とおばあちゃーんと大声で呼びながら小雨の中、探し歩いたこともありました。

それでも心の中ではどこかで、、、ずっと住み続けた町で老後を過ごすってなんて幸せなことなんだろう!
と思っていたものです。

昨年の9月、まだ元気なときにおばあちゃんの88歳の米寿のお祝いを自宅で盛大にしました。
とにかくみんな笑ってた。
おばあちゃんはそのときに集まった家族のこと、誰ひとりとしてわからなかったと思う。
それでもおばあちゃんもよく笑ってた。
ハピバースデー歌ってろうそくの火も消した。

その後、誕生日の3日後に大腿骨骨折。
入院。
認知症超進行。
「ジャンケンぽい」も忘れてしまっていたほど。。。
悔やまれることはお彼岸のたびに大量に作ってくれていた
この世で一番美味しい「おはぎ」の作り方を教わらなかったこと。

   
娘がいうには死んだら「おそらにいくけど(こっちに)またくる」らしいのでまた会えるかな。

おばあちゃん、ありがとうねー!

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1968年生まれ。
スポーツ中心に仕事しています。
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1974年生まれ。
スポーツ以外の仕事しています。
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